気づいたら


勝手に此処へ





来ていたのです・・・






    「わたしは幸せ」








「策、権、を見なかったか?」

部屋に入ると同時に呉主、孫堅が息子である孫策と孫権に養女であるの居所を聞く。

雨期に入った呉では相変わらず雨が天から降り注いでいる。

今日はまだ小降りの方だが、折柄の雨で近くを流れる長江の支流も心なしか増水していた。

「いいや、俺は見てねぇぜ」

「私もです、どうかなされたのですか?父上」

孫策と碁を打ちながら聞く孫権。

それを見ながら孫堅は理由を話す。

「うむ、先日、の誕生日であっただろう、その時に山梔子が欲しいと言っておってな、
手に入ったのでそれを知らせようと思ったのだが・・・尚香のところにもおらぬようであったしな」

そこへ、丁度孫堅がきた廊下と逆の方から呂蒙が来た。

それに気づいて孫堅がそちらに顔を向ける。

「これは、主公」

拱手する呂蒙。

孫権は己が呼んだ者が来たことを確認すると、今まで挙がっていた話についての質問をした。

「呂蒙、お主、此処に来るまでの間にを見掛けはしなかったか?」

その問いに答える。

様を?いえ、見かけませぬが…どうかなさったのですか??」

「うむ、朝から見かけぬのだ。誰もな…それで、居所について父上や兄上と話しておったのだが」

それを聞いて、少し考えるような仕草の後、もう一度問うた。

「俺が探して参りましょうか」

孫権はそれを聞くと、孫堅と目配せをして言った。

「うむ、頼む。そう遠くには行ってないと思うが」

「承知いたしました」

「すまぬな、呼び出しておいて…また、後で来てくれ」

「いえ、それでは」

言うと、呂蒙はその場を後にした。

残された三人のうち孫策と孫権は碁を打ち切り共に部屋を出て城内を探すことにし、孫堅もまた部屋を後にして後宮のほうを探すことにした。










ぽちゃん・・・





ぽちゃん・・・






雫が落ちる



規則正しくは無いけれど



心が落ち着く、澄んだ音





地に落ちる音はあまり良くは無いけれど



水に落ちるその音は至極澄み渡っている










土手に座り込む一人の少女、は雨が降っているにも関わらずその場にかれこれ二刻もいる。

四時間もいるのだ、当然頭から全てずぶ濡れである。

特に濡れることを気にせず、ただ、この長江の支流の水面を見つめていた。

偶に目を閉じては…その音に聞き入って

ただその瞬間の為にここにいる。

ふと、背後から地を蹴る音が近づいてきた。

そちらを振り向くと、呂蒙だった。

笠も何も持たず、程ではないが濡れていた。

様、此処に居られましたか」

呂蒙が口を開くと、は小さく頷いた。

「ずっと・・・」

顔を正面に戻し、対岸と空の境目あたりに視線を移す。

「は・・・・」

「ずっと、ここで雨の音を聞いておりました」

その言葉に呂蒙は首を傾げて問う。

「雨…の音、でございますか?」

「はい、雨の雫が川の水面に落ち、跳ねる音です」

答えながら目を閉じると、言葉を続けた。

「凄く美しい澄んだ音がするのです、呂蒙様もお聞きになられて下さい」

言われた通り、呂蒙は耳を澄ましてその音を聞き入れた。

かすかなその跳ねる音は、の言う通り至極澄んでいた。

「ね?凄くいい音でしょう」

「はい」

答えて、一息つけると呂蒙は本題に入るべく口を開いた。

様、話を換えて申し訳御座いませぬが、殿や若君、孫権様がお探しになられております故、
 そろそろ城へお戻り下さい。そのままでは、風邪をひかれてしまいます」

「ええ、そうですね」

何処か上の空で答える

そして、何かを思い出したかのように呂蒙に聞いた。

「呂蒙様は寂しくなられることは御座いますか?」

それに対して呂蒙は少し唸った。

「…寂しく…そう言われますと具体的には思いつきませぬが、御座います。
 それが、何か」

は変わらず呂蒙のほうを振り向かずに言う。

「わたしは、こういう、雨の日に寂しくなります。
 昔のことを思い出すのです・・・遠くない昔のことを」

それほど強くない雨音にかき消されそうなほどのか細いの声はどこか詩吟を思い出させるような
そんな甘さがあった。

「今が幸せでないわけではありません、寧ろ幸せなのです。
 沢山の方が優しく接してくださいます、沢山の方がいろんな話を聞いてくださったり、話してくださいます。
 それでもわたしは、このような日に、ふと思うのです、わたしは”必要な存在”なのだろうか、と。
 思わせられるのです、そんな時、昔の習性か川に足が向かうのです、勝手に、体が覚えているが如く」

そこまで話すと押し黙った。

頭を垂れ、しかし、地を見るでもなくその視線は流れの速くなった川の水面に注がれている。

「人とは・・・」

口を開いた呂蒙を振り返る。

「人とは、寂しくなったりしたときは心の拠り所としていた場所へ行きたいと、
 拠り所としていたものを求めるものだと、俺はそう思います。不安を感じるときと言うものは大抵皆、それらを望むものです。
 落ち着きと言うものを望むのです。」

一通り聞き、は視線を足の上で組んだ両の手に落とす。

「必要な存在か、様は必要な存在です、必要であるからこそ、皆、様をお探しになられるのです。
 不安になられたときに川へ来られるのもよろしいですが、何も告げずにおでかけになられると、
 皆が心配し不安に駆られてしまうという事もお知り頂きたい。
 もし、お出かけになられる際は俺を共につけてくださると不安も吹っ切れてよろしいのですがね」

少し冗談交じりで言う呂蒙。

雨は一向に止む気配はない。

間もなく、から言葉が返ってきた。

それは、”はい”という、覇気のこもった、どこか嬉々とした声だった。

そうして立ち上がると、呂蒙の横に立ち並ぶ。

「帰ります、お供を・・・」

上目遣いに、呂蒙を見上げ、控えめでもなく、また強いる様子もなくそう告げる。

呂蒙はそれを目を細めて笑顔で承諾した。

顔に張り付いた濡れた黒髪を耳にかけてやりながら、

「謹んで」

と。













城に二人が着くころには既に全身から水が滴るほど濡れていた。

それを、孫堅、孫策、孫権、孫尚香が出迎えた。

「おぉ、呂蒙、探し出してくれたか…!」

そう言って、孫堅は二人の元に駆け寄った。

それに伴って他の三人も駆け寄ってくる。

「何処に行ってたんだよ、、心配したぜ」

とは孫策。

「本当ですよ、でもしかし、無事で何よりだった」

とは孫権。

「うん、そうだね、風邪をひかないように直ぐに着替えなくちゃ、とりあえず、部屋まで行って侍女達に着替えを用意させなきゃね」

とは孫尚香。

各々の無事に胸を撫で下ろす。

そして、孫堅がの肩に手を置いた。

「皆の言う通りだ、無事で何より。しかし、これからはこういうことは避けてもらいたいな、不安で仕方ない。
 策など落ち着きがなさ過ぎて大喬に宥めらておったわ」

そう笑って答える孫堅に孫策は慌てる。

「おい、それは言わないでくれよ親父〜〜」

それを、周りにいた全員が笑う。

それがなんとも可笑しくて、温かでも思わず口元を隠しながらも噴出してしまった。

まで笑わないでくれよな〜本当に心配だったんだぜ」

言いながらも孫策自身も笑い出す。

「あ、そういえばな、、先日、山梔子が欲しいと言っておったろう、手に入ったのでがよく足を運ぶ庭に入れておいたぞ」

それを聞いて、は顔を綻ばせて礼を言う。

「ありがとうございます!嬉しいです…あの、もうひとついいですか?」

少し躊躇いがちに、孫堅を見やり視線を落とす。

「何だ?他にもあるのか?良いぞ、普段何も言わぬからな、尚香のようにもう少し強請ってもいいのだが。」

それを横から孫尚香が”そうよ”と言う。

そんな中、躊躇っていたが漸く口を開いた。

「あの、では、これから出かけるときは…その、呂蒙様を付けて頂けないでしょうか」

言うと、孫堅は”そんなことか”といっての頭に手を乗せた。

「出かけるときと言わず、そなたの従者にしてやろう、呂蒙も忙しくはなるがそのくらいはどうってことはないだろう、
 なぁ、呂蒙」

の横に先程から立っている呂蒙に視線をくべる。

呂蒙は拱手して言う。

「は、元よりそのつもりです」

は、それらの答えにまた笑って言った。

「ありがとうございます」

こころなしか耳を紅くしているに気づき孫尚香は揚げ足を取る。

「あぁ〜!ったら耳紅くしてるわよ……もしかして、、呂蒙のこと・・・・」

何を言われているのか分かり、手を振り慌てて否定する

「そ、そ、そ、そんなことないですよ!!」

その動揺に孫策と孫権も揚げ足を取りにかかる。

もちろん、呂蒙もその対象で。

「あ!呂蒙も耳紅いわよ」

「い、いや俺は別に」

「まぁ、そう隠すなって」

そう、宮城の入り口付近で騒ぎ立てる。

は呂蒙の後ろに顔を隠し、それに困惑する呂蒙。

そして、それを茶化す孫親子。

呂蒙の背中で自分の顔を隠し、赤面しながらは、心いっぱいに満たされた至福と、いつのまにか吹っ切れた不安に安堵と喜びを覚えた。

今は自分は一人ではないのだと、継母の元に居たときのように必要とされていないのではないと心に抱く。

そして自分の周りはこんなにも温かいものなのだと。

きっと、孫堅が手に入れ植えてくれたであろう山梔子は今見事にあの白い花を咲かせているのだろうと思うと嬉しくなる。



「呂蒙殿」

ふと小さく本人に聞こえるぐらいの声で呼びかける。

他の四人はなんだかまだいろいろと騒いでいるようで気づいていない。

「何ですか」

こちらもにだけ聞こえるぐらいの小さな声で答える。

自分を見下ろす呂蒙にこの上ないほどの笑顔を向ける。

そうして、抱きつく



 ――――わたしは幸せです









おわり








後書き
 ええ、なにこのまたまた微妙な話。
 途中で主旨が変わっているような最低な話ですな;
 因みに最後のところ反転すると字が出ます。
 よく(?)私の書く話に花が出てきますが、大抵その話の題名は出てきた花の花言葉です。
 ですからそれにも基づくと、この話の題名「私は幸せ」は山梔子=クチナシの花言葉です。
 なんかもう、花言葉題名シリーズとか書きたいです。なので、作ろうと思います。
 そのうちコンテンツが出来るかも分かりません。
 他にも突込みどころが沢山ありますが、きりないので此処で失礼します(逃

                       2004,02,01   隷


                                      閉じてください













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